経験に勝るものはなし

杉田商会さんは
車屋さんでありながら
地域の人々の集いの場にもなっていて

目的もなく
フラッときて
フラッと帰る

そんなアットホームな
商会さんで

わたしも地域の人と仲良くなるため
週に一度は、杉田さんにお邪魔をし
地域の人の昔話を聞いたり
農業の話を聞いたりしていました

「昔はね、ここら辺も
秋になると、赤トンボが一斉に
飛びたって、すごく
綺麗だったのよ」

などという何気ない会話を
聞くのがとても楽しく
いつも長居してしまうのですが

その中でも
社長のお姉さんである
杉田まゆみさんのお話が
大変、面白かったので
今日は、そのお話をしようと思います

まゆみさんは
菊川生まれ菊川育ち
結婚を機に
タイのプーケットに移住します

今でこそ
プーケットといえば
観光地ですが

その頃は、信号機もない
電話もない、飲める水道もない
そんなところでした

そこで、旅行会社を経営し
いろいろあるものの
楽観的な性格のせいか
タイの大自然のせいか
あまり深刻にはならなかったそうで

例えば
バンコクでクーデターがあり
お客さんがこなくなると

湖みたいな海で遊んだり
木の船に車のエンジンをつけて
釣りに行き

大量に釣れると
会社で料理をする

そんな生活を楽しんで
いたそうです

また、タイの人は仕事中に
屋台でご飯を食べたり
時間を守らなかったりしたそうで

初めはイライラしていたけれど
だんだんそのアバウトさが

「人間らしくていいなあ」

と思うようになったそうです

ビジネスが軌道に乗ると
プライベートでも

日本人の子供たちの補習校を作り
国に認めてもらったり

大使館がバンコクしかなかったので
出張してもらえるように交渉したり
と大活躍

さらには
アルミを運ぶ船が
海賊に襲われた際に
日本人たちを助けたことが
きっかけで

小渕元首相から日本人会に
金一封をもらったことも
あったそうです

また、肉や魚を断ち
神様が体に降りてくるのを
祝う精進料理祭りを楽しんだり

地域の人と家族ぐるみの
付き合いをしたりして

「プーケットで一番幸せな日本人」
と言われるほど
タイの生活に馴染んでいたのですが

とある事情から
日本に帰国することになります

帰国後は
3人の男の子を育てながら
保険営業の仕事も始めますが

慣れない生活のせいか
次男の不登校がはじまります

初めは
営業に連れて行ったり
学校を休ませて遊びに行ったりしますが

カウンセリングの先生から

「子供は、甘えたいタンクがいっぱいでないと
問題を起こす。

お母さんが悩まず
『行かないのなら、行かなくていいや』
と思えたら、学校に行くようになりますよ」

とアドバイスを受けると
仕事もやめて
次男さんと向き合うことにします

そして
「別の子と違ってもいいんだ」
と心から思えた時

次男の方が不思議と学校に
行くようになったそうなのです

他にも、風呂の床が抜けると
周りが手伝ってくれたり

日本語が得意でない
子供たちのために
先生たちが補修をしてくれたり

数学の先生から
「お母さんは、いつも笑っていないとだめよ」
と言ってもらえたり

多くの素晴らしい人たちに
支えられてここまできたと
まゆみさんは言います

まゆみさんは

「何が起こっても
越えられない試練はないから大丈夫

そして、経験に勝るものはない」

と教えてくれました

目に見えるものばかり
追い求められる時代の中で

まゆみさんには
すごく大切なものを
教えていただけた気がしました

ありがとうございました

maki